2011年の記事

2011年に当時の勤務先のHPに書いたことを記録のためにここに転載しておきます。2020年10月21日

 

ハンガリー政府による学術への政治介入と哲学者への攻撃について

 

 

 

概要

ハンガリーでは2010年4月の総選挙で右派のフィデス(若き民主主義者)党が圧勝し、8年続いた社会党政権に終止符を打った。その後、議会で三分の二以上の議席を占めるフィデスは憲法裁判所の権限縮小など、半年の間に10回以上の憲法改正を繰り返し、権力の集中を進めている。特に2010年12月21日に成立したメディア規制法は,監督官庁が議会と関係なくメディアを規制することができ、違反した場合には多額の罰金が科されるため、実質上メディアによる政府批判を不可能とするものであった。これは、EU諸国からも、EUの民主的な基盤に反するものと問題視されている(ハンガリーは2011年1月からEU議長国)。また、政府の諮問機関で批判的なメンバーが与党支持者に置き換えられたり、与党を支持しない公務員が根拠もなく解雇されたりということも起こっているとされる。著名な経済学者コルナイ教授(Janos Kornai)はハンガリーを支配しているのはもはや民主主義ではなく、専制政治だと述べている(下リンクにある日本哲学会サイトのテンゲイ教授の公開書簡より)。


その影響は哲学者にも及んだ。ハンガリー科学アカデミーの哲学部門の長が解任され、さらに23人のメンバーが「専門家として不適切」とされた。これに対し、ハンガリーの哲学者たちはインターネットや新聞を通じて抗議活動を行い、ハンガリー内外から約2000の署名を集めるが、政府は逆にそうした哲学者への攻撃を強化している。政府に近い新聞は一部の哲学者を前政権に近い「リベラル・サークル」とよび、1月8日には彼/彼女らが前政権から不正に研究資金を受け取ったとして、ネガティヴ・キャンペーンを展開しはじめた。そうして攻撃されている哲学者の中には、一昨年来日したアグネス・ヘラーも含まれている。

こうした状況をうけドイツでは、前政務次官でドイツ哲学会会長のニダ=リュメリンとハーバーマスが連名でこの状況についての憂慮を示す声明を発表したほか、ドイツ・ヴッパータール大学の現象学者テンゲイ教授は、公開書簡を通じてこの状況について世界の哲学者/哲学研究者に訴え、連帯を呼びかけている。

呼びかけ

こうした哲学者/研究者に対する攻撃・迫害は同じ哲学研究者として看過することはできません。もちろん補助金に関する不正がなかったということを私が確認することはできませんが、少なくとも同件に関する調査は中立的な機関によって公正に行われるべきと考えます。また何よりもハンガリーにおいて自由な研究および言論活動が認められるべきであり、政治的な立場によって研究言論活動が阻害されたり、それによって迫害を受けたりすることはあってはなりません。ハンガリー政府およびメディアの適切な対応を要求します。

テンゲイ教授は、ネット上での署名も呼びかけており現在まで3000近い署名が集まっています。 リンク先の文書をご覧いただき(英語)趣旨に賛同される方は署名をお願いします。

テンゲイ教授が呼びかけている署名: http://www.PetitionOnline.com/logosz/

また、何か情報がありましたら以下のメールアドレスまでお寄せいただければ幸いです。

2011年2月4日

(2011年2月18日 加筆)

一橋大学大学院社会学研究科 大河内泰樹

cs00972(あっと)srv.cc.hit-u.ac.jp

 

リンク

 

・以下情報源としたサイトを中心に挙げます。
ニダ=リュメリンとハーバーマスの文書「哲学者を救え!」(南ドイツ新聞 ドイツ語)
同文書の英訳
日本哲学会のHPに掲載された情報(テンゲイ氏の公開書簡へのリンクもある。)

アメリカ哲学協会東部地域の抗議声明 

Fidesz and Philosophy=Oil and Water (Hungarian Watch):「フィデスと哲学=水と油」政府の反ユダヤ主義的言説についても指摘。

Agnes Heller 2011 01 16 Inquisition of Hungarian Philosophers (youtube):この件についてコメントするアグネス・へラーの動画

外務省のハンガリー情報


ハンガリーのメディア規制についての記事
ハンガリー:メディア法施行 報道の自由でEU各国と摩擦(毎日jp)
ハンガリー、メディア法改正用意 欧州委に表明(47News)
「ハンガリーが検閲制度を導入」(Zeit online, ドイツ語)