科学技術基本法改正案の問題点について

 

週明けの6月1日から国会で科学技術基本法の改正案が審議されるとのことです。
https://twitter.com/univforum7/status/1266183993122119681…

この法案のこと耳には入っていたのですが、きちんと理解できていませんでした。数日前に学生の指摘を受けて改めて調べてみたところ、問題のある法案だと感じるようになりました。

慌てて調べて分かった限りですが、概要と問題点をまとめてみました。(私の誤解しているところもあるかもしれません。ご指摘いただけましたら幸いです)

法案はこちら
https://www.cao.go.jp/houan/201/index.html

元々の「科学技術基本法」は95年に成立したもので、今回最初の大きな改正だそうです。改正のポイントは

1.これまで支援対象から除外されてきた「人文社会科学」を支援対象に含める

2.「イノベーションの創出」を目的に含め、名前も「科学技術イノベーション基本法」にあらためる

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56615640Q0A310C2PP8000/

の二つです。

1.は一見よさそうにも思えます。実は学術会議が以前から要求してきたことではあり、今回の法案のもとになる方針がでたさいには学術会議は評価しています。

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-kanji-4.pdf

しかし、この法律は元々から、内閣府のもとに司令塔といわれる会議や組織を置いて科学技術政策を、文科省を挟まずにトップダウンでコントロールしようとするものだったわけです。

http://univforum.sakura.ne.jp/…/petition_kagihourevision.pdf

首相補佐官が山中教授に予算カットを伝えに行った出張での不倫疑惑が以前に報じられましたが、なぜ首相補佐官が科学技術政策について入り込んでくるかというとこういう背景があったわけです。)

そこに、人文社会科学も組み込もうというわけです。
お金が下りてくるんだとしたらありがたいという人文社会科学者もいるでしょうから、反対はできないのでしょう。
ただそもそも、この内閣官房ないし内閣府をトップにしたトップダウン体制が人文社会科学の振興につながるのかどうか疑問ですし、そもそも自然科学についてもこの25年で基礎研究は振興されているどころか衰退しているといわれているわけです。

2.についても学術会議は、イノベーションを「新たな商品・役務の開発といった狭い射程ではなく、社会課題解決に向けた活動も含めて、多様な主体による多方面の創造的活動を通じた経済・社会の大きな変化という広い射程で捉える方向性 を明確に打ち出した」

として肯定的に評価しています。これ
https://www8.cao.go.jp/…/tyousak…/seidokadai/4kai/sanko2.pdf

の2頁あたりを受けたものでしょうが、ここに書かれていることは詭弁としか思えません。

実際の法律の条文はこうです。

第二条「「イノベーションの創出」とは、科学的な発見又は発明、新商品又は新役務の開発その他の創造的活動を通じて新たな価値を生み出し、これを普及することにより 、経済社会の大きな変化を創出することをいう。 」

確かに、「創造的活動」とか、「価値」とかあいまいな概念で幅を持たせているようですが、価値とは経済的価値だと突っぱねることもできますし、そもそも「経済社会」という概念、「経済および社会」なのか「経済的社会」なのか謎概念ですが、いずれにしても経済が先に来ていることからも意図は明確かと思います。

また、振興方針を「具現化」するとされる「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(科技イノベ活性化法)」では、「国・地方公共団体・研究開発法人・大学等、民間事業者の責務」が書き込まれるようです。
上記文書 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-kanji-4.pdf (4頁目)

国が大学の責務を決めるということになると大学の自治、学問の自由の観点から大いに問題だといわざるを得ません。

これについては
学術会議も「慎重な配慮」を求めており
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-kanji-4.pdf

大学フォーラムも懸念を表明しています。
http://univforum.sakura.ne.jp/…/petition_kagihourevision.pdf

このように、この改正案は問題が多いと思います。つまりその問題点は:

・ 人文社会科学の研究も金でコントロールしようとする法案である。
・ 研究内容に内閣官房ないし内閣府の強いコントロールが可能になる。
・ 研究の自由と大学の自治を直接破壊するものではないとしても、お金を通じて徐々に蝕んでいく危険性がある。

です。

さらにそこから具体的に自分や研究者の起こるだろうことを考えてみると、

・研究者は大学にこのお金を取ってくるような研究を考えろといわれるようになるでしょう。
・すでに内閣官房内閣府主導のトップダウンで不透明なことが起こっているのに、それに人文社会科学も組み込まれます。(文科の役人に加えて内閣府の役人も天下りしてくるでしょう)
・「イノベーション」が大学の責務とされ、私たちは私たちの研究のどの辺がイノベーションなのか作文を書かされることになるでしょう。

基本的にいいことはないと思うのですが(なので反対ですが)、やはり人文社会科学も社会や経済の役に立つこともあるのだから、むしろ研究を社会に役立てることができるとこの改正を歓迎する向きもあるかもしれません。としてもほんとうに、役に立つべき人文社会科学の知見を広く社会のために役立てるような社会がこれによってほんとうに実現できるのか、お金に左右されずに自由な研究を続けていくことができるのか、慎重な検討が必要でしょう。

これもコロナのどさくさに通さずに、すくなくとも慎重に審議することを求めたいと思います。

以上です。